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≪2月19日≫第8回「おかげさま商会」

藤波辰爾、藤波伽織、LEONA

≪プロフィール≫

「藤波辰爾」 プロフィール紹介。ニックネームは「ドラゴン藤波」第77代NWA世界ヘビー級王者。

1953年12月28日大分県国東郡に生まれる。中学時代は陸上競技をやっていましたが、アントニオ猪木に憧れ、プロレスラーを目指す為に卒業後、地元の自動車整備工場に就職。プロレスへの夢を実現する為に別府温泉へ湯治に来ていたプロレスラー北沢幹之に直談判、そのまま巡業について行き日本プロレスに入門し猪木の付き人となり1971年5月9日にデビュー。デビュー戦の相手は北沢当時の猪木が「いつでもどこでも俺のことを見ている」と言うほど猪木につきっきりであり、猪木は妻の倍賞美津子より藤波の方が自分のことを分かってくれていると評していた。付き人として猪木のタイツを洗った時、痔から出た血で真っ赤になったタイツを見て驚いたという。

中学時代は家に帰ると夕食前に汁かけご飯をどんぶり3杯食べる大食漢であったが、プロレス入りした途端緊張と威圧感で食事が喉を通らなくなるなど苦難を経験した。

新日本プロレス旗揚げ、海外修行

アントニオ猪木が日本プロレスを除名された翌日の1971年12月14日、木戸修と共に日本プロレスを退団し、夜逃げ同然で日本プロレス事務所の近くの猪木後援会事務所に身を寄せる。1972年、猪木が興した新日本プロレスに旗揚げより参加。3月6日に大田区体育館で行われた旗揚げ戦では第1試合に出場するもエル・フリオッソに敗退、3月16日の浜田広秋(後のグラン浜田)のデビュー戦で初勝利を挙げる。以降、相次いでデビューした関川哲夫荒川真栗栖正伸藤原喜明らを相手に勝利を重ね、若手のリーダー格となった。

1974年、若手の登龍門たるカール・ゴッチ杯を制し(決勝の相手は小沢正志、後のキラー・カーン)、翌1975年6月、初の海外修行で木戸修と共に西ドイツへ遠征、グスタル・カイザーのプロモーションで対戦したホースト・ホフマンには子供扱いされたという。その後アメリカへ渡り、フロリダカール・ゴッチのもとで再修行。木戸の帰国後、1976年よりドクター・フジナミのリングネームでノースカロライナジム・クロケット・プロモーションズをサーキット。ベビーフェイスのポジションで前座試合に出場し、ロニー・ガービンボリス・マレンコジン・アンダーソンザ・モンゴルズジャック・グレイミシェル・デュボアクラッシャー・ブラックウェルラリー・シャープアンジェロ・ポッフォラニー・ポッフォ、そしてランディ・ポッフォこと若手時代のランディ・サベージなどと対戦した。その後、ドクトル・フヒナミとしてメキシコに転戦、当初はルード扱いだったが、後にテクニコに転向してからはリング・フヒナミと名乗った。

ドラゴン・ブーム

1978年1月23日、ニューヨークマディソン・スクエア・ガーデンにてカルロス・ホセ・エストラーダをぶっつけ本番で放ったドラゴン・スープレックスで破り、WWWFジュニアヘビー級王座を獲得し凱旋帰国。海外遠征でブレイクしたため、藤波は日本には帰りたくなかったという。途中、1979年10月に剛竜馬にベルトを奪取されるも2日後に奪回しており、1981年10月にヘビー級転向のために返上するまで、通算52回に渡って同王座を防衛した。

1978年3月3日の凱旋帰国第一戦では、マスクド・カナディアン(ロディ・パイパー)を相手に同じくドラゴン・スープレックスで勝利。以降、ドラゴン・ロケットなど当時としては斬新だった飛び技とビルドアップされた肉体、そしてカール・ゴッチ仕込みのテクニックで「ドラゴン・ブーム」を巻き起こし[15]、従来のプロレスファンに加えて女性や子供のファンも獲得、腰痛の悪化で低迷していたストロング小林を抜いて猪木と坂口征二に次ぐ新日本プロレスNo.3の座に就いた。

同時に、チャボ・ゲレロカネックダイナマイト・キッド木村健吾などをライバルに、日本のプロレス界に「ジュニアヘビー級」というジャンルを定着させた。WWFジュニアヘビー級王者として日本のみならず海外でも防衛戦を行い、ロサンゼルスでは素顔のロディ・パイパーをはじめスキップ・ヤングトム・プリチャード、ニューヨークでは前王者エストラーダやジョニー・ロッズメキシコではレイ・メンドーサエル・ソリタリオなどの挑戦を退けている。1980年2月1日にはダブルタイトルマッチにてスティーブ・カーンを破り、NWAインターナショナル・ジュニアヘビー級王座を獲得[17]、ジュニアヘビー級の二冠王となった。同年4月には国際プロレス阿修羅・原1981年7月には当時のNWA世界ジュニアヘビー級王者レス・ソントンを相手にWWF王座の防衛に成功するなど、名実ともにジュニアヘビー級の第一人者となった。

また、春に開催されていたMSGシリーズにも出場し、猪木や坂口をはじめ、アンドレ・ザ・ジャイアントスタン・ハンセンダスティ・ローデスらスーパーヘビー級の大型外国人とも対戦。公式リーグ戦ではニコライ・ボルコフバグジー・マグローボビー・ダンカンサージェント・スローターなど、体格差のある巨漢選手からクラッチ技でフォールを奪っている


 

 

 

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